単元7 地上を歩まれた神の子
第一課「少年イエス」
少年イエス
聖書箇所:ルカ2:41-52
主題:イエスは、神に守られて健やかに成長された。
暗唱聖句:ルカ2:52
主題に入る前に、よく「聖書は、キリスト教に都合のよいものばかりをより集めたものだ。」と言われることがあります。また、「聖書に入らなかった書物には、別なことも書かれている」とも言われることがあります。
一昔前に、「ユダの福音書」が話題になったことを覚えていらっしゃるでしょうか?
イエス様を裏切ったユダが実はイエス様のことを一番理解していたと言った内容のようです。
聖書(66巻)の内容は信じないのに、この手の話には簡単に飛びつき、正しいと主張するのは人間の弱さの一つなのかもしれません。
ですが、正典に入らなかったものは、ご都合主義でより分けたものではないのです。詳しい話になると研究者の領域になるので割愛しますが、中には「読めば分かる」といった内容のものも多くあります。
その一つが、「トマスによるイエスの幼児物語」があげられるでしょう。
私も、日本語訳は一度しか読んだことがないのですが、聖書で語られる以前の子供の世代のイエス様が記されています。
内容としては、気にいらない、人、動物などをどんどん殺していくイエス様が描かれています。
奇跡としての不思議な業の使い方が、福音書とはまったくかけ離れているのです。
読み物としては面白いのかも知れないけれど、中身の信憑性にはクエスチョンマークがたくさんつくと言う感じです。(ちなみに、最後にはみんな生き返らせると言う描写がありますけれどね)
たしかに、福音書に書かれているイエス様の降誕の出来事から、十字架、復活まで、簡単に信用しろと言うのは難しいとは思います。ですが、聖書に採用されなかったものには信じるに値するかと言う検証すら必要とならないものがかかれていたりします。
さて、本題に入ります。
ここでは、イエス様が12歳のまだ若い時の出来事が書かれています。
まず、覚えておきたいのは12歳と言うのはかなり立派な青年。今の日本で言うと18歳位の感覚ではないでしょうか。酒は飲んじゃいけないがギャンブルはできる。。。と言うとたとえが悪いですがそんな感覚です。
そういう背景があるので、イエス様のご両親も一日中一緒にいなくても探し回らなかったのではないかと思うんです。今の12歳にそんなことしたら保護責任の遺棄とか言われそうですけれど。
今で言うと18歳くらいなので、学校の先生と討論していてもおかしくないのですが、その内容がとても高レベルであったと言うことですね。
「知恵」と言う言葉に注目してみましょう。
あくまでも、日本語レベルですが、「知識」の「恵み」といった感じでしょうか。
イエス様の受け答えの源が、神様から来ている特別なものと言うことができるのではないでしょうか。
イエス様の生き方は、私たちの模範です。
「神と人とに愛された」
と言う言葉が出てきますが、神にだけ愛されているのではだめだと言うことになります。世の中と調子を合わせるという意味ではありませんが、人にも愛されるように生きていきたいものです。
そのためにできることは、イエス様が両親に仕えられたように、私たちも遣わされた場所にて忠実に仕えることではないでしょうか。